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2022/07/06 16:41


あれは1970年代なかば、僕が小学校低学年のころだと思うが、当時、恵比寿の我が家から毎週一回、母親に連れられて目黒駅前の耳鼻科に通っていた。ある日の帰り道、母が「そう言えば目黒の駅ビルにおもしろい店があるらしいから寄ってみようか」と言うので、当時は確か「サンメグロ」という名前だった駅ビルのエスカレータを上がった。

 

「な、なんだ、このお店は?」と僕は目を丸くしてしまった。当時ブームだった多種多様な「仕掛け貯金箱」をはじめ、ワンタッチでゆでタマゴを輪切りにできる「タマゴスライサー」などの便利なキッチン雑貨、空き瓶をライトスタンドに変身させる「ボトライト」などの便利かどうかがよくわからないアイディアグッズ、ラジオが聞ける腕時計「ウオッジオ」などのハイテク発明品、正体不明の「白いモワモワ」を育てる「マジックフラワー」などの用途不明の珍奇な玩具(?)、そして超能力訓練用「ESPカード」などの怪しいオカルトグッズなどなど、ヘンなモノばかりがギッシリと並んでいる。

 

しかも、それらは店にはりめぐらせたショーウインドにまるで美術品のように展示され、ひとつひとつにイラスト入りの商品解説パネルが添えられていた。ひしめくお客さんたちは、誰もが入り口から順番にひとつひとつの商品をジックリと「鑑賞」しながら店奥に進んでいるのだ。店というより、なんだか「世にも不思議な博物館」という印象だった。



昭和時代の「王様のアイディア」店頭



粉をまいてしばらくたつと「白いモワモワ」が増殖する「マジックフラワー」。 いまだに何だったのかよくわからない謎の商品。それが僕の「王様のアイディア」初体験だった。

 

「こんなヘンテコな店があるのか……」という驚きはちょっとしたカルチャーショックで、それからは耳鼻科の帰りに毎回「王様のアイディア」に寄り道した。たいていの場合、何かを買うよりも「眺めるだけ」という客だったので、かなり悪質な常連だったが、とにかくそれ以来、この店の大ファンになってしまったのだ。珍妙な商品をひとつひとつ眺め、商品解説を読んでいるだけで「異次元」にいるかのような楽しさが味わえ、気がつくとあっという間に時間が過ぎていた。

 

あの当時の「王様のアイディア」特有の楽しさは、ちょっと言葉で表現するのが難しい。一番近いのが、昭和の時代の週刊マンガ雑誌に掲載されていた「通信販売広告」。あれを見たときの奇妙なワクワク感に通じるものがあったと思う。モデルガンやヌンチャク、飛び出しナイフ型のクシ、イラストを模写する機械、ゴム製のモンスターマスク、催眠術指南書や催眠学習機、ペット用のマリモや「シーモンキー」……。そんなモノたちの小さな写真やイラストがゴチャッと並んでいる広告だ。普通のお店では見かけない珍しいモノ、楽しげなモノ、怪しげなモノの魅力が充満していて、いつも食い入るように見てしまう。あの独特の感覚を実店舗で、しかも本物の商品を前に体感できるのが70年代の「王様のアイディア」だったと思う。



昭和のマンガ誌に掲載されていた通販広告。 僕ら世代にはおなじみの「まつみ商会」のもの。


いつも「ただ眺めるだけ」だったと書いたが、それでも思い出してみるといろんなモノを買っている。最初に行ったときはミッキーマウスがコインでゴルフをプレイする「仕掛け貯金箱」の「ミッキーバンク」を買ってもらったし、その後もコインを自動的に選別してくれる貯金箱「コインセレクター」を買った。「仕掛け貯金箱」の名作である「パックマン」も「王様のアイディア」で買ってもらったのかも知れない。「なんでそんなに貯金箱ばかり買ってるんだ?」と若い世代は思うだろうが、当時はユニークな仕掛けを備えた玩具風貯金箱が大ブームで(有楽町のドラッグストア兼輸入雑貨店、アメリカンファーマシーからブームに火が付いたとされている)、この現象によって「バラエティ雑貨市場」が創出され、今でいうところの「雑貨屋さん」が街に急増、後の「ファンシーショップ」乱立にまでつながっていく。当時の「王様のアイディア」でも貯金箱は主力商品のひとつだった。

 

母親も「王様のアイディア」でいろんなモノを買っていた。「タマゴスライサー」や「スリンキー」、ホットサンドウィッチ製造機「バウルー」はキッチンで活躍していたし、父親の旅行用極小ヒゲソリも「王様のアイディア」で買ったものだったと思う。



仕掛け貯金箱「ミッキーバンク」。 ゴルフ、サッカー、ボウリングの3種があった。



ホットサンド調理器「バウルー」。 今も売られている超ロングセラー商品。

 

その後、僕は大人になっても「王様のアイディア」の魅力から逃れられず、新宿マイシティ店や池袋地下街の店にもちょくちょく通った。都内の主要駅には必ず「不思議な博物館」がある。それは東京の「あたりまえの光景」のひとつだった。昭和レトロ文化専門のライターになってからは、二度ほど「王様のアイディア」を取材させてもらったが、今から思えば、それは「王様のアイディア」の歴史の終焉直前だった。「全店閉鎖」の決定を聞いたときは、子どものころから親しんだ東京の「あたりまえの光景」が、嘘のようにあっさりと消えてしまったような気がした。

 

そんな僕にとって、「王様のアイディア復活!」は信じられないほどの朗報である。

 

物販のビジネスが非常に難しくなっている時代だし、あのあまりに独特な「王様のアイディア」ならではの魅力を今にふさわしく再現するのは、本当に難しいミッションだろう。が、今のような時代だからこそ、「王様のアイディア」的な「驚きと楽しさ」が必要なのだとも思う。ぜひとも成功させていただきたい。

 

僕のように子ども時代に「王様のアイディア」の魅力に取りつかれたオールドファンは、きっと全国に無数に存在するはずだし、当時を知らない若い世代には未知の刺激を与えられるはずだ。年々画一化されていく日本の退屈な街々に、「王様のアイディア」という「異次元」がまた次々と出現する日を夢見ている。

 

僕も今度は「不思議な博物館」を「眺めるだけ」ではなく、ちゃんと「買う!」を心がけて全力で応援する所存だ。