フジテレビ系列『ノンストップ!』に王様のアイディアを取り上げていただきました!

BLOG ブログ一覧

2022/07/07 14:26


僕は、秋田県の田舎の山麓から東京に出てきました。新卒で玩具メーカーに就職し、今は独立起業しておもちゃクリエーターとして活動しています。

 

2017年に、高橋浄久君(ニックネーム:きよぴ)という天才と親友になり、彼が構想している鳩時計「OQTA HATO」の話を聞かされました。スマホアプリでボタンを押すと、遠くにある鳩時計が鳴く、ただそれだけ、というものでした。その鳩時計は、Wi-Fi環境にあれば、地球上のどこにあっても、ボタンを押すと鳴くというもの。普通の鳩時計にある3時に3回鳴くというような「時報機能」はなく、その本体を登録している人がどこかでボタンを押すと鳴くわけです。

 

つまり、鳩時計の持ち主にとっては、誰かが自分のことを思い出したら、鳴くのであると。




この話を聞いたとき、しばし放心状態になったのを覚えています。悔しい気持ちすら湧いてきました。こんなにすごい商品のコンセプトを聞いたのが、十数年おもちゃの仕事をしてきた中で初めてだったからです。

 

それというのも、

僕には、人生でただ一つ、何十年も悩んできたことがありました。

10代のある時から、親と上手く話せなくなっていました。

 

僕の親は僕がやることに次々ダメ出しして怒るタイプで、小さい頃はそれを疑問に思わずただ受け入れて泣いていましたが、10代後半に疑問に思い始めました。人並みにはいろいろ考えたり、努力したりしてきたつもりでした。「俺って、何か間違ってるのか? そんなに悪いのか?」

 

僕に悪かったことがあるとすれば、一切口答えをしなかったことかなと思います。大人になってから、一度僕が止まらない説教に対して逆ギレしたことがあります。母は「親に逆らうとは、情けねえ、情けねえ。」と言って泣き、その後説教することをピタリとやめました。それは逆に僕の心を苦しくさせました。自分が悪かったと深く反省しました。子供の頃から、言いたいことを思いっきり言っていたら、違ったんだろうなと思いました。




とにかく、40代というオッサンになってもまだ、そのことに関して、長い間とても悩んできました。

 

小さなことが長い年月をかけて積み重なり、お互いに言葉をかけづらくなりました。でも、はっきりとわかっていることがあります。僕も両親も、お互いに対して愛情があります。その結果、今のような状態になってしまったのだと思います。

 

僕は「OQTA HATO」のアイデアを聞いて瞬時に思いました。

もし、この鳩時計を実家に置いて、ボタンを押したら、どうなるんだろうか。

 

僕は、この商品の実現にどうか関わらせてほしいと、きよぴにお願いしました。自分の人生を変えるためでした。

 

僕が親とうまく話せないのは、言葉に「意味」があるからだと思いました。そのときの僕にとっては、言葉が邪魔をしていたわけです。

 

これまでの連絡手段というものには例外なく「用事」が必要でした。大昔の「のろし」であっても、現代のLINEスタンプでも、何の用もなければ連絡することはなかなか難しく、ときには勇気もいります。

 

僕は自分の親に、たまに用事があるときは仕方なく電話をしていましたが、いつも必要なことだけ言って逃げるようにして切ってしまいました。そうして年に数回しか連絡せず、年月を重ねました。




OQTA HATOは完成し、今、僕の秋田の実家にも上の写真のように置かれています。(写真のものは旧型)

 

初めて実家に置くときは、スマホの画面を母親に見せながら、「このボタンを押したら鳴く鳩時計を、居間に置かせてほしい。俺がボタンを押したら、こんなふうに鳴くから」とだけ伝えて、棚の上に置かせてもらいました。バカみたいだけど、家から離れたところでもちゃんと鳴くのか、秋田でもちゃんと鳴くのかを確かめたくて、車で遠くの山に移動して、ボタンを押して帰ってきて、「鳴ったか?」と聞きました。母親は「鳴った。」と言いました。心なしか嬉んでいるように見えました。この製品の説明を聞いて、この先何が起きるのか、母親はなんとなく気づいたのだと思います。僕も母親の表情を見て、鼻の奥がツンとするくらい嬉しかったです。




それから僕は東京に戻り、ほぼ毎日実家の鳩を鳴かせました。話すのが難しくても、鳩は何回でも鳴かせられます。意味を持たない1秒の「ポッポー」という音が、僕が両親を思い出したことだけを伝えます。HATOは僕の家にもあって、一緒に暮らしている妻と娘にも鳴らしていますが、アプリに記録される「履歴」を見ると、自分の家よりも圧倒的に実家の鳩ばかり鳴らしていることに驚きます。僕にとっては、両親が鳩の声を聴いたかどうかよりも、僕自身が親に対してあいさつのようなアクションを起こせていることが嬉しいのです。

 

毎日ボタンを押すたびに、いろいろな感情が交錯します。子供の頃高いパソコンやゲームソフトを買ってもらったり、毎朝弁当を作ってもらったり、夏休みにいろいろなところに連れて行ってもらったり……。数えきれない思い出に対して、素直に感謝できずにちょっと泣いたりしました。鳩が鳴いたとき聞いてないことの方が多いと思うけど、時々は両親がこの音に気付いて、僕が世界のどこかで実家を思い出したことを想像して喜んでほしいと、押すたびに思いました。

 

HATOを鳴かせるたびに、そんなことは僕たちにとって必要なかったのかもしれないと思い始めました。ずっと、お互いにいろいろと分かり合っていたんじゃないかと。




そんな風に、HATOを実家に導入して毎日鳴かせながら、正直、期待していたわけです。「もしかしたら、数十年悩んできた関係が少しずつ雪溶けを始めて、次に実家に帰ったお盆とか正月とかに、両親と目があったら、優しい気持ちで、ハグでもしてしまうのではないか」とか。

 

その後日談です。

 

半年後に実家に帰ることになり、僕は「どうなるんだろう」と、ちょっと緊張していました。そして親に会ったときに、僕の想像をはるかに超える変化が起きていたのです。

 

母親が、10代の時のように、僕に大説教を再開したのでした。

 

これは、全く想像をしていなかった方向の展開であり、これ以上ない凄まじい効果だと驚愕しました。説教をまくしたてる母親は元気そのものでした。僕はあっけにとられると共に、その説教に対して別に悪い気がしないことに驚いていました。

 

つまり、母親は僕が、「ポッポー」「ポッポー」と、何も意味を語らないアクションを送り続けたことで、いわゆる「心理的安全性」を得たのです。こいつにはまた言いたいことを言っても大丈夫だ、と。

 

実際母親も父親も、話を聞くと、この鳩時計が鳴くことをとても喜んでいるようでした。この出来事によって僕の中で一つ吹っ切れた気がしました。

 

僕は長年、親に喜んでもらいたい一心で生きてきました。ファザコンマザコンです。期待に答えたくて言われた通り勉強もしたし、やれることは努力したつもりです。でもそれは叶わなかった(ように思っていました)。でも、親は別に何も期待していなくて、説教好きな人間だから説教していただけで、嬉しいことがあれば当たり前に喜んで、自分の人生を好きなように生きているだけだったんだ、と理解しました。

 

これは、子供時代の自分を思い出すと号泣してしまうほど切ない話なのですが、たぶん僕ら親子はもうお互いのことは分かっていて、分かり合っていることを分かっているのに、「俺は分かってもらえていないんだぞ」と、なぜか自分に言い聞かせてきました。ずっと、期待していたのは僕の方でした。

 

親との関係で悩んでいる人は、結構多いんじゃないかな、と思います。こんな話をすると、「こいつ、心のせまいヤツなんだ」と思われるかもしれませんが、親子ってのは難しいものなんです。物心つく前に純粋に注がれた愛情が、その後、過剰な心配とか、期待とか、子供にずっと甘えてきて欲しいという親のエゴとか、そういうもので、時間と共にねじれていくことがあるんだと思います。今自分にも子供ができて少しずつ分かり始めているところです。僕の場合は、時代とか、田舎の文化もあったかもしれません。

 

ちなみに、2022年に僕は両親と、たった一つの出来事をきっかけに仲直りを果たしました。その話は、もし興味があれば以下のnote記事を読んでみて下さい。

https://note.com/simpeiidea/n/nd4764b09d50f

 

僕ぐらい極端な人はいないかもしれませんが、大切な家族への想いや時間を置き去りにしてきてしまっている世界中の人に、この鳩時計を届けることが、僕の人生をかけてもいい仕事だと思っています。